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2009/7/1 水曜日

環東京湾環境戦略(最終回)

Filed under: 環境戦略 — owner @ 16:16:59

環東京湾とは、東京湾と相模湾を囲む地域(房総半島、三浦半島、伊豆半島、伊豆七島沿岸部)に鹿島灘沿岸地区を付け加えた地域です。

東京(江戸)を要として、東は鹿島灘の那珂湊、西は伊豆半島の石廊崎、南は伊豆七島が境となります。

これらの地域は、江戸市場に海産物を供給したことなど歴史的に結びつきが強く、また植生も共通しています。

環東京湾環境戦略とは、域内の生態系をネットワークすることによって、域内全体の環境力を高めることを目的としています。

環東京湾の中心地である東京湾内湾は、1960年代以降の埋立によって、海水面の20パーセントが消滅し、海岸線の95パーセントがコンクリートの垂直護岸となりました。その結果、海の生態系は破壊され、漁獲量も激減しました。

aosuziageha.jpg

写真は、ハマボッスという海浜植物の蜜を吸うアオスジアゲハです。このチョウの幼虫はクスノキ科の葉を食べ、成虫はトベラやハマボッスなどの白い花や紫の花の蜜を好みます。したがってアオスジアゲハは、磯の海浜植物(ハマボッスなど)、海岸性マント植生(トベラやマルバシャリンバイなど)、照葉樹林(タブノキ、ヤブニッケイ、シロダモなどのクスノキ科)という海辺の植生が揃ってはじめて、生きて、繁殖することができます。

コンクリートに埋め尽くされた東京湾内湾に生態系を回復するためには、まずは植生が復元されなければなりません。

しかし東京湾内湾の海岸線は95パーセントがコンクリートの垂直壁です。歴史的にも植生的にも共通する環東京湾全体の植生データを蓄積して、東京湾内湾の植生復元の基礎とすることが重要であると私は考えます。

また沿岸地帯の既存の植栽例を見ると、樹木は耐潮性のものが選択されていますが、草本類は種類と数ともに少ないのが現状です。

hamakko-1.jpghamakko-2.jpg

浜っ子ターフは、環東京湾の植生調査をもとにして開発された植生マットです。ただし種子は、環東京湾だけでは、それでなくとも少ない自然に負担をかけるとの配慮から、太平洋側照葉樹林帯(「生物多様性国家区分」(環境省)の第6区)域から採取しました。

さて20世紀最高の建築家とされるル・コルビュジエは、「建築とは目の前の物体だけをさすのではない。それが出来上がるまでの歴史や土地の文化をまるごと含んでいる存在だ。アーキテクチャーとビルディングの違いはそこにある」と述べているそうです(磯崎新「私の履歴書」日経新聞 090501)。

アーキテクチャーとしては、江戸時代の潮入り式庭園や品川台場は、東京湾の環境改善に大きなヒントを与えてくれます。

品川台場のような枡形の施設の内部に、海水を引き込んで、かっての泥干潟と同じように水を浄化させます。枡形施設の外側、海に面する部分から壁の天井にかけては、磯・海岸性マント植生・照葉樹林帯を復元します。枡形施設の内部は、潮の干満を楽しみながら、周囲にはカエデや桜を植栽して、定信の浴恩園のように「秋風の池」「春風の池」とします。

潮入り式庭園や台場の現代的な利用のためのデザインと技術開発は、20世紀最高の経営学者、思想家であったドラッカーが言うような、「単に道具としてのテクニカルを超えた人間的、文化的なテクノロジー」(「傍観者の時代」p298)です。

環東京湾環境戦略(35)

Filed under: 環境戦略 — owner @ 9:13:30

東京湾の生物(葛西水族館の展示解説から)

東京湾の最奥部には、利根川支流の江戸川、荒川支流の隅田川、多摩川が流れ込みます。これらの河川が運ぶ土砂は膨大でした。本来の東京湾の地質を復元すると、河口には川によって運ばれた土砂が堆積した泥干潟がありました。遠浅の東京湾内湾の底にも砂泥が堆積していました。

光がよくあたる内湾の浅い砂泥には、海藻の1種のアマモが草原のように生えていて(アマモ場、藻場)、底には魚介類が多く生息し、縄文時代以来人々は海の恵みを享受してきました。

しかし、高度経済成長期の埋め立てによって、このような環境は破壊されました。「東京湾の漁獲量と海岸埋立の推移」というネット検索によれば、東京湾内湾の海岸線の95%は人工の垂直護岸となり、明治時代に存在した干潟面積の90%以上が失われたそうです。

tobihaze.jpgトビハゼ

泥干潟は川によって運ばれてきた泥が、河口に堆積してできたものです。トビハゼ、ゴカイ、カニの仲間などが穴を掘って暮らしています。この穴には、満潮時に酸素や新鮮な水が供給されますが、泥の中のバクテリアが酸素使って有機物を分解します。干潟は、天然の浄化槽として、海をきれいにする働きがあるそうです。

amamo-1.jpgamamo-2.jpgアマモ(海藻)・アミメハギ

海藻の1種であるアマモは、光がよくあたる内湾の浅い砂泥底に生えます。アマモが草原のように生える場所を、アマモ場といいます。隠れ場所やえさになる小動物が豊富なアマモ場は、さまざまな生き物が子供の時期に生育の場として利用する大事な環境だそうです。

iwasi.jpganago.jpgマイワシ・アナゴ

東京湾の内湾は、遠浅で底には砂泥が堆積しています。かって市民伊に親しまれたアオギスなどは水質悪化によりほぼ絶滅しましたが、現在でもマイワシ、カレイ、アナゴ、スズキ、シャコ、アサリなどが棲み、「江戸前」として貴重な海産物となっています。

漁獲量は、第二次世界大戦後に過去最大を記録しましたが、埋め立てや水質悪化によって、5分の1まで減少しました。今は少し持ち直しているそうです。

unga-2.jpgunga.jpg運河:ボラ・マハゼなど

埋立地には、運河が作られましたが、運河にも特有の生態系が形成されています。運河は以下のような環境だそうです。

淡水と海水が混じった汽水。川が運んでくる栄養分に富み、垂直なコンクリートで囲まれ、流れはゆるやかで水は交換されにくく、底はヘドロ、そして潮汐により干満がある。

運河に棲む魚貝類                                                ボラ、ヒイラギ、シモフリシマハゼ、チチブ、マハゼ、トサカギンボ、イダテンギンボ、アラムシロ、ムラサキイガイ

マハゼは東京湾名物ですが、ムラサキイガイは船底に付着して外国から持ち込まれ、繁殖しました。

さて運河に棲む魚貝類は、浜離宮庭園の池泉と共通します。もっとも浜離宮も、運河と同じような汽水ですから当然かもしれません。

 

2009/6/30 火曜日

環東京湾環境戦略(34)

Filed under: 環境戦略 — owner @ 11:01:31

史跡品川台場

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ペリーが来航した1ヶ月後、嘉永六年(1753)7月、幕府は外国船の再来航に備えて、伊豆韮山代官江川太郎左衛門に命じて、品川沖に(砲)台場を建設しました。

わずか1年3ヶ月の間に、未完成の2基も含めて7基の台場を建設しました。石垣を基部とし、上部は土塁で作られており、囲いの内部は、陣屋などが置かれた空間となっています。

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現在は第3台場と第6台場が残されていて、国の史跡に指定されています。

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東京湾に浮かぶ人工島である内部空間の一隅には植栽がされています。潮風に弱いとされるイロハモミジが植えられ、しかも東京にしては紅葉が美しく、私はとても感激しました。

台場のイロハモミジは、潮風を防御する工夫があれば、海の真ん中でも、内陸性の植物が自生することを示す貴重な事例です。

東京湾の環境を改善するにあたって、緑化された人工島、すなわち「緑の台場」の建設は重要であると思います。

たとえば、海水と接する壁には自然石など使用して磯的な機能をもたせ、土塁部分には海浜植物や海岸性マント植生の低木類を植栽します。そして、内部空間は、定信の浴恩園のように潮入りの「秋風の池」「春風の池」として、モミジや桜など日本の四季の美しさを楽しみます。

 

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