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2009/7/24 金曜日

緑の文明首都戦略(完結編)

Filed under: 緑の文明 — owner @ 11:18:33

東京憲章(案)    「太陽」「空間」「自然」「水」(都市計画の基本要素)

midori-2.jpgmidori-1.jpg都心を冷ます「野の花マット」(東京大崎・シンクパーク)

山菜、薬草、あるいは高度な木造建築など、日本は縄文時代以来、自然からの恵みを生活に活かし、あるいは生活の身近に野の花をおいて鑑賞し、または自然を題材として文学や絵画に描くことなどによって、緑の文明を築いてきた。

江戸は、市中に緑が多く、しかもそれらが武蔵野から引かれた水道によってネットワークされており、まさに緑の文明にふさわしい首都であった。                                                                   江戸の緑の多くは、崖(ハケ)の雑木林や草地であった。すなわち江戸市中においても、武蔵野の自然が残されていた。                                                                                            また江戸の台所は、野菜など近郊の武蔵野が支えたが、武蔵野は農地、草地、雑木林が一体となったものであった。江戸の農業は、草地の緑肥や雑木林の木の葉堆肥を活用することで成り立っていた。そして草地も雑木林も人が手を加えることによって維持されていた。

midori-3.jpgmidori-4.jpg都心を生かす「野の花マット」(東京大崎・シンクパーク)

しかし、現在の東京は、都市化と自然とのバランスを崩した結果、極度のストレスなどによって人間性が疎外されている。

1933年、CIAM(現代建築の国際会議)は、人間性を回復するために、「太陽」「空間」「緑」を都市計画の基礎とした「アテネ憲章」を構想した。高層建築は、あくまで広い間隔をおいて建てることが前提であり、広い緑地を確保するための手段として、積極的に評価された。

東京やニューヨークなど現代巨大都市が、高層建築が林立し、都市化による人間性の疎外問題が深刻化する現状にあっては、あらためてアテネ憲章を再評価する必要がある。しかし江戸・東京の歴史を振り返れば、水が重要であるので、「太陽(SUN)」「空間(SPACE)」「自然(NATURE)」に「水(WATER)」を加えた、「東京憲章」を提案したい。

アテネ憲章では「緑」としているが、この憲章を主導したル・コルビュジェは「環境とは、それは自然にほかならない」と述べている(「輝く都市」)。

「(ステップの)ひどく貧しい植生は『牧草地』という名前を与えられている」                    「オアシスはオリエント文明の最初の『楽園』で、そこには木があり、泉があり、バラの花があった。多くの有用な植物や農具も、発明から早い時期に利用されるようになった」(ブローデル「地中海」)。

日本の自然は、オアシスよりもはるかに豊かで、人間との関わりも密接であった。したがって、都市計画の目的は単なる「緑化」ではなく、歴史的文化的要素も含んだ「自然回復」であるべきであろう。

「建築とは目の前の物体だけを指すのではない。それが出来上がるまでの歴史や土地の文化をまるごと含んでいる存在だ。アーキテクチャーとビルディングの違いはそこにある」(ル・コルビュジェ『New World of Space』)

東京の自然回復とは、武蔵野の再生である。武蔵野の自然は、人との関わりによって維持されてきた二次的自然である。そこには特有の生態系が形成された。わが国における環境戦略のキーワードである生物多様性も、東京においては武蔵野を再生することによって実現される。

midori-6.jpgmidori-5.jpg生物多様性は人間多様性の基礎(東京大崎・シンクパーク)

「単にテクニカルを超えた人間的、文化的なものとしてのテクノロジー」(ドラッカー「傍観者の時代」)

東京の屋上緑化や壁面緑化を、単に手段としての緑化技術ではなく、文化的なテクノロジーとするためには、「武蔵野の再生による人間性回復」という基本理念が必要である。

アゼターフや「野の花マット」の開発は、この理念のもとに行っている。

 

 

2009/7/22 水曜日

緑の文明首都戦略(11)

Filed under: 緑の文明 — owner @ 17:40:09

ル・コルビュジェ「輝く都市」(1935年)

「自然と人間は、統一と協調を保っているものであって、自然の外に拵えものの社会があるわけではない」(デカルト)

toshi-1.jpgtoshi-3.jpg都心を癒す「野の花マット」(東京大崎・シンクパーク)。

20世紀最高の建築家とされるル・コルビュジェは、人間と自然の関係を深く思索した思想家でもあった。

「時代が問題に与えるべき解答を判断する基準は一つしかない。それは、人間的ということである」                                                           「努力すべきことは、人間とその環境の間の均衡を保つことである」                            「環境とは、その永遠に変わらざる本質において新しく見直された環境のこと、すなわち、それは自然にほかならない」

toshi-4.jpgtoshi-2.jpg都心に深呼吸させる「野の花マット」(東京大崎、シンクパーク)

ル・コルビュジェが「輝く都市」を著した1930年代は、欧米の都市化が進む一方で、人間疎外が深刻となっていた。

人間性を回復させるためには、太陽、空間、緑という「自然条件」を都市の中に復活させる必要がある。そのためには、高層建築を広い間隔を置いて建てて、広い緑地を確保する必要があると、コルビュジェは主張する。

これは「輝く都市」より2年遡る1933年、コルビュジェが中心となって活動したCIAM(現代建築の国際会議)のアテネ憲章を踏襲・発展させたものである。

コルビュジェは、高層建築を建てることによって、緑地の確保、職住近接、レクレーション・教養施設の近接、などの効果があると主張する。

これらの居住者の便益性は、エベネザー・ハワード「明日の田園都市」(1902年)の中で展開されているものであるが、コルビュジェは平面的な田園都市構想は広大な土地と膨大な経費を必要とする点で、非現実的であると断じる。

 toshin-6.jpgtoshin-5.jpg都心を彩る「野の花マット」(東京大崎・シンクパーク)

さてコルビュジェは、「(平屋根に)庭園を拵えるならば、コンクリートや鉄の膨張という非常に恐ろしい結果を未然に防止することになるであろう」と、屋上庭園の将来性を先見している。

「輝く都市」とは、人間性を回復させるために「太陽」「空間」「緑」が確保された都市であり、高層建築を建てる目的もそこにある。そしてここで言う「緑」とは「自然」である。                                                                           高層ビルが林立して、自然が失われている東京やニューヨークなど現代巨大都市の状況は、コルビュジェの理想とは正反対のものである。

 

2009/7/21 火曜日

緑の文明首都戦略(10)

Filed under: 緑の文明 — owner @ 21:13:00

昭和天皇のご遺志

musasino-2.jpgmusasino-1.jpg野の花マットの蜜を吸う蝶たち

江戸城は、外濠と内濠に囲まれ、しかもそれらの濠が武蔵野から引かれた上水道によって、江戸市内の緑地と結ばれていたために、水と緑のネットワークの拠点であった。そして現在の皇居には、貴重な自然環境が残っていて、東京の肺として、大都市に呼吸させている。

koukyo-2.jpgkoukyo-1.jpg皇居(江戸城)の濠

koukyo-3.jpgkoukyo-4.jpg左:江戸城大手門周辺、右:本丸周辺

故昭和天皇は、植物学者であった。現天皇もたいへん植物に対して造詣が深いといわれている。

昭和天皇のご発意によって、昭和58年から60年にかけて、二の丸跡に、武蔵野の雑木林が復元された。また本丸跡においても、随所に武蔵野の野草が植栽されている。

現在皇居には、蝶やトンボをはじめとして、多種類の小動物が生息しているが、その基盤となっているのが二の丸を初めとする武蔵野の植生である。

koukyo-5.jpgkoukyo-6.jpg左:雑木林、右:オニユリ(二の丸)

koukyo-7.jpgkoukyo-8.jpg左:オミナエシ・キキョウ、右:ヤブカンゾウ(二の丸)

koukyo-9.jpgkoukyo-10.jpg左:ヤマユリ、右:フシグロセンノウ(二の丸)

現在の皇居は、武蔵野生態系の拠点である。皇居の周辺ビルの屋上などに武蔵野の植生が復元されれば、蝶など飛行昆虫が行き来して、生息域を広げることができる。生態系から見た首都東京の環境戦略は、小動物を孤立させずに、生息域を拡大することである。

昭和天皇は、二の丸に武蔵野の雑木林を復元することによって、東京の生態系回復の種子を播かれた。

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