奈良時代に編纂された万葉集には、モミチを歌ったものが100首以上あるが、ほとんどが黄葉で紅葉は1例しかない。

動詞が「モミチ」で植物の葉が黄変する様子、名詞は「モミチ」と「モミチバ」でいずれも黄葉をあてることが多い。

孫瑋「万葉集の黄葉についての一考察」(学芸古典文学 9 3-11, 2016-03-01)に紹介された先行研究によれば、黄葉は万葉集に影響を与えた文選など中国古典の影響があり、盛唐以降に紅葉の使用例が多くなるのにつれて、日本でも古今和歌集などに現れる。

しかし孫氏は、黄葉と一緒に描かれる「テル(光る)」「ニオウ(花や葉が美しく色づく)」に中国古典よりも繊細な万葉歌人の特色を指摘している。

万葉歌人は、四季の変化の流れで、黄葉の美を感じる。

額田王                                                                冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山吾は16 (冬が去り、春がやってくれば、鳴かずにいた鳥もやって来て鳴く。咲かずにいた花も咲きます。ですが、山が繁り、分け入っていくことが出来ず、草が深いので折り取って観賞することもできません。秋山は木の葉を観賞し、黄葉を手折って観賞することも出来ます。青葉が残り少なくて残念ですが、でも、私は秋山がいいですね)

大伴家持                                                                        天地の 遠き初めよ 世間は 常なきものと 語り継ぎ 流らへ来たれ 天の原 振り放け見れば 照る月も 満ち欠けしけり あしひきの 山の木末も 春されば 花咲きにほひ 秋づけば 露霜負ひて 風交り もみち散りけり うつせみも かくのみならし 紅の 色もうつろひ ぬばたまの 黒髪変り 朝の笑み 夕変らひ 吹く風の 見えぬがごとく 行く水の 止まらぬごとく 常もなく うつろふ見れば にはたづみ 流るる涙 留めかねつも4160                                                          (天地の遠い遠い初めより、世の中は無常なものだと人々は語り継ぎ、言い伝えてきた。天を仰いで見ると、照り輝く月も満ちたり欠けたりしている。やまの木々の梢も、春が来れば花が咲き匂い、秋になれば露や霜を帯び、秋風が吹き、もみじが散り敷く。この世の人もこんなふうであろう。鮮やかな紅の色も色あせ、黒々とした髪も白く染まっていく。朝の笑顔も夕方には変わる。吹く風が目に見えないように、流れる水がとどまらないように、変わらないものなどなく、変わっていくのを見ると、溢れ出てくる涙も留めようがない)。

さて多くの人が指摘しているように、黄葉はカエデ属に限定されるわけではなく、広葉樹や草の葉が秋になって美しく変色することを言う。

藤原京や平城京があった奈良県はもともとは内陸性照葉樹林帯の植生だが、都市の暖房や調理用に薪炭を供給するために、コナラクヌギを中心とした2次林になっていたと推定される。

したがって藤原京の大和三山(香久山、畝傍山、耳成山)、平城京の春日山などの秋は、コナラクヌギの黄葉に彩られて、そこに人々は美しさを感じていたのであろう。黄葉が中国古典の影響だとしても、奈良の里山の秋景色を的確に表す言葉であったと私は考える。

さて万葉集には、カエデ(現ムクロジ)属を示す例が2首ある。

田村大嬢                                                              吾屋戸尓 黄變蝦手 毎見 妹乎懸管 不戀日者無                                              我が宿にもみつ蝦手見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし1623                                         我が家の庭の黄変したカエデを見ると気にかかるあなたのことが恋しく思われない日はありません                              秋相聞

作者不詳                                                              兒毛知夜麻 和可加敝流弖能 毛美都麻弖 宿毛等和波毛布 汝波安杼可毛布                                子持山若かへるでのもみつまで寝もと我は思ふ汝はあどか思ふ3494                                      子持山のカエデの若木が黄葉するまで、一緒に寄り添って過ごさないか。君はどう思う。                                      東歌、相聞、群馬県子持村、恋情

また以下の2首は、「草黄葉」の例として、個人的に大変興味深い。

孝謙天皇                                                                この里は継ぎて霜や置く夏の野に我が見し草はもみちたりけり4268                                        (この里は続いて霜が降りるのでしょうか。夏に私が見た、草はもう黄葉している)                 歌の注釈に、天皇が大納言藤原家を訪ねた時に黄葉した沢蘭(サワヒヨドリ)1株を抜いたとある。

作者不詳                                                               我が門の浅茅色づく吉隠の浪柴の野の黄葉散るらし2190                                              (我が家の門の浅茅は色づいてきた。このぶんだと吉隠の浪柴の野の黄葉は散っていることだろうな)                                         浅茅はチガヤ、吉隠は桜井市吉隠に比定されている。

以下、万葉集のモミチの用例だが、特に読む必要はありません。                                        岩波書店「新日本古典文学大系 萬葉集索引」に記載された歌を、万葉集ナビによって検索した。

作者不詳                                                                           秋山の黄葉あわれとうらぶれて入りに妹は待てど来まさず1409                                        (挽歌 秋山の黄葉こそ心惹かれると、淋しそうに山に入った妻は、待っても帰って来ない)

藤原八束                                                                          春日野に時雨降る見ゆ明日よりは黄葉かざさむ高円の山1571                                                          (春日野にしぐれが降っているのが見える。明日は高円山は黄葉に覆われるだろう)                                         高円山は奈良市の東にある標高432mの山、奈良大文字送り火の場所。

柿本人麻呂                                                                   やすみしし 我が大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 たぎつ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば たたなはる 青垣山 山神の 奉る御調と 春へは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉かざせり [一云 黄葉かざし] 行き沿ふ 川の神も 大御食に 仕へ奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも38                    (我が大君は、神であるまま神らしくなさっている。水流がたぎりたつ吉野川の中に高殿を高く高く建てられて、お登りになり、国見をなさると、幾重にも重なる青い垣根のような山々の神が貢ぎ物を捧げる。春の頃は花々をかざし、秋がやってくると色づいたモミジをかかげ、御目にとまる。高殿のそばを流れ下る川の神も、大君のお食事に捧げようと、上流では鵜飼いを設け、下流ではすくい網を設けている。山も川も、こうして大君に仕える、そんな御代であることよ)

柿本人麻呂                                                                雲隠り雁鳴く時は秋山の黄葉片待つ時は過ぐれど1703(雲に見え隠れし、雁が鳴きながら渡っていく季節。その季節は過ぎていくけれど、片や黄葉の季節がやってくるのも待ち遠しい。)。

柿本人麻呂                                                                 我が衣色取り染めむ味酒三室の山は黄葉しにけり1094                                             (自分の着ているこの服に染めてみたいほど美しい三室の山はいま黄葉の真っ盛り)                                      三室山は奈良県斑鳩町にある標高80mの山

作者不詳                                                                       黄葉する時になるらし月人の楓の枝の色づく見れば2202                                               (いよいよ黄葉の季節がやってきたようだ。お月様に映える楓が美しく色づいているのを見ると)

作者不詳                                                                      雁がねの来鳴きしなへに韓衣龍田の山はもみちそめたり2194                                                 (雁がやってきて鳴くようになった。それとともに、きらびやかな美しい韓衣のような龍田の山は色づき始めた)             竜田山は大和川北岸の山々の総称

作者不詳                                                                 雁がねの声聞くなへに明日よりは春日の山はもみちそめなむ2195                                   (雁の鳴き声が聞こえるようになったが、明日からは春日山が色づき始めることだろう)

高橋虫麻呂                                                                  筑波嶺の裾廻の田居に秋田刈る妹がり遣らむ黄葉手折らな1758                                                  (筑波嶺の麓の田に稲を刈る娘がいた。あの娘に手紙を書いてみようか。この美しい筑波の嶺のもみじ葉を手紙に添えて)

大伴家持                                                                     言とはぬ木すら春咲き秋づけばもみち散らくは常をなみこそ4161                                   (物を言わない木ですら春には花が咲き、秋には紅葉となって散るのは、物皆無情だからこそ)

孝謙天皇                                                                この里は継ぎて霜や置く夏の野に我が見し草はもみちたりけり4268                                        (この里は続いて霜が降りるのでしょうか。夏に私が見た、草はもう黄葉している)歌の注釈に、天皇が大納言藤原家を訪ねた時に黄葉した沢蘭(サワヒヨドリ)1株を抜いたとある。

大伴家持                                                                        天地の 遠き初めよ 世間は 常なきものと 語り継ぎ 流らへ来たれ 天の原 振り放け見れば 照る月も 満ち欠けしけり あしひきの 山の木末も 春されば 花咲きにほひ 秋づけば 露霜負ひて 風交り もみち散りけり うつせみも かくのみならし 紅の 色もうつろひ ぬばたまの 黒髪変り 朝の笑み 夕変らひ 吹く風の 見えぬがごとく 行く水の 止まらぬごとく 常もなく うつろふ見れば にはたづみ 流るる涙 留めかねつも4160                                                          (天地の遠い遠い初めより、世の中は無常なものだと人々は語り継ぎ、言い伝えてきた。天を仰いで見ると、照り輝く月も満ちたり欠けたりしている。やまの木々の梢も、春が来れば花が咲き匂い、秋になれば露や霜を帯び、秋風が吹き、もみじが散り敷く。この世の人もこんなふうであろう。鮮やかな紅の色も色あせ、黒々とした髪も白く染まっていく。朝の笑顔も夕方には変わる。吹く風が目に見えないように、流れる水がとどまらないように、変わらないものなどなく、変わっていくのを見ると、溢れ出てくる涙も留めようがない)。

作者不詳                                                                   妹がりと馬に鞍置きて生駒山うち越え来れば黄葉散りつつ2201                                                          (馬に鞍置いて彼女の許へと生駒山を越えてきたところ、もう黄葉は散り始めていた)

作者不詳                                                                風吹けば黄葉散りつつすくなくも吾の松原清くあらなくに2198                                                  (風に吹かれて黄葉が散り敷くと、ただでさえ美しい吾の松原がさらに美しさを増す)                                         吾の松原は四日市市松原町が比定されている

田辺福麻呂                                                                 讃久邇新京歌二首[并短歌]                                                           吾が大君 神の命の 高知らす 布当の宮は 百木盛り 山は木高し 落ちたぎつ 瀬の音も清し 鴬の 来鳴く春へは 巌には 山下光り 錦なす 花咲きををり さを鹿の 妻呼ぶ秋は 天霧らふ しぐれをいたみ さ丹つらふ 黄葉散りつつ 八千年に 生れ付かしつつ 天の下 知らしめさむと 百代にも 変るましじき 大宮所1053                               (我れらが大君、神の命(みこと)が、国をお治めになっている布当(ふたぎ)の宮は種々の木々が茂り、山の木々は木高い。たぎり落ちる瀬の音も清らかだ。ウグイスが来て鳴く春辺の岩の麓の野は光り輝いて錦をなして花々が枝もたわわに咲き誇る。牡鹿が妻を呼んで鳴く秋には空が曇ってしぐれが降り、色づいた黄葉が散り敷く。かくて永遠に御子たちが生まれては天下をお治めになっていくだろう、百代後々までも変わることのない、この大宮所よ)。

作者不詳                                                               我が門の浅茅色づく吉隠の浪柴の野の黄葉散るらし2190                                              (我が家の門の浅茅は色づいてきた。このぶんだと吉隠の浪柴の野の黄葉は散っていることだろうな)                                         浅茅はチガヤ、吉隠は桜井市吉隠に比定されている。

作者不詳まそ鏡南淵山は今日もかも白露置きて黄葉散るらむ2206                                      (南淵山には今日もまた白露が降りていて黄葉が散っているだろうか)                                           南淵山は明日香村稲淵

作者不詳                                                                       背の山に黄葉常敷く神岳の山の黄葉は今日か散るらむ1676                                          (背の山はいつも美しい黄葉が散り敷いている。あの神岳の黄葉もきょうあたり散っているだろうか)

久米広縄                                                               このしぐれいたくな降りそ我妹子に見せむがために黄葉取りてむ4222                                       (今降っているしぐれよ、そんなにひどく降らないでおくれ。わが妻に見せようと思ってモミジを採っているのだから)

穂積皇子                                                               今朝の朝明雁が音聞きつ春日山もみちにけらし我が心痛し1513                                                  (夜明けに雁の鳴き声を聞いた。春日山は黄葉に色づいたことだろうな。秋が深まってきて心が切ない)

作者不詳                                                               露霜の寒き夕の秋風にもみちにけらし妻梨の木は2189                                            (露霜が降りる寒い夕方の秋風を受けたためなのか妻無しの梨の木も美しく色づいたよ)

作者不詳                                                               雲の上に鳴きつる雁の寒きなへ萩の下葉はもみちぬるかも1575                                     (雲の上で鳴いている雁の声が寒々と聞こえるが、折しもこの庭の萩の下葉はもう色づいていますね)

柿本人麻呂この山の黄葉が下の花を我れはつはつに見てなほ恋ひにけり1306                                  (この山の黄葉の下に咲いている花をちらりと見かけただけなのに、たちまち恋に陥ってしまった)

大伴池主                                                               藤波は 咲きて散りにき 卯の花は 今ぞ盛りと あしひきの 山にも野にも 霍公鳥 鳴きし響めば うち靡く 心もしのに そこをしも うら恋しみと 思ふどち 馬打ち群れて 携はり 出で立ち見れば 射水川 港の渚鳥 朝なぎに 潟にあさりし 潮満てば 夫呼び交す 羨しきに 見つつ過ぎ行き 渋谿の 荒礒の崎に 沖つ波 寄せ来る玉藻 片縒りに 蘰に作り 妹がため 手に巻き持ちて うらぐはし 布勢の水海に 海人船に ま楫掻い貫き 白栲の 袖振り返し あどもひて 我が漕ぎ行けば 乎布の崎 花散りまがひ 渚には 葦鴨騒き さざれ波 立ちても居ても 漕ぎ廻り 見れども飽かず 秋さらば 黄葉の時に 春さらば 花の盛りに かもかくも 君がまにまと かくしこそ 見も明らめめ 絶ゆる日あらめや3993(藤波は咲いて散ったけれど、卯の花は今が盛り。野山ではホトトギスの鳴き声が鳴り響いている。その声を聞くとしんみりと心悲しい気分になります。親しい仲間同志が連れだって馬を並べて出かけ眺めると、 射水川の河口に海鳥たちが見える。朝なぎどきで、干潟でエサをあさっていた。潮が満ちてくると、鳥たちは夫と妻と鳴き交わし、羨ましかった。その様子を見て通り過ぎると、荒磯の渋谿の崎に沖の方から海草が打ち寄せられていた。海草を採って長々と一筋によじり、カズラに仕立て、故郷の妻を思って手に巻き付けました。 あの霊妙な布勢の湖に海人(あま)船で、梶を貫いて漕ぎ出した。袖をひるがえし、仲間と声を掛け合って漕いでいくと、乎布(をふ)の崎にたどりつく。その崎には花が散り乱れ、渚には芦辺の鴨たちが群れ騒いでいた。さざ波が立つように立ったり座ったりして、漕ぎ回り、光景を満喫し、見ても見ても見飽きることがありませんでした。秋の紅葉どき、また春の花見どきに、こんな風にしてあなたとご一緒したいものです。こんな光景が絶えることなどあるものですか)                                大伴家持邸で開かれた宴で、家持が氷見の港の情景を詠んだ歌に池主が追歌した。

大伴家持                                                                春まけてかく帰るとも秋風にもみたむ山を越え来ざらめや4145                                          (春をまちかねて寒い冬国に帰っていく雁だが、秋風が吹く頃になれば黄葉の山を越えてこちらに戻って来るだろうに)

作者不詳                                                              明日香川黄葉流る葛城の山の木の葉は今し散るらし2210                                          (明日香川に黄葉が流れている。葛城山ではいまごろ木の葉が盛んに散っていることだろうなあ)

作者不詳                                                               大坂を我が越え来れば二上に黄葉流るしぐれ降りつつ2185                                            (大坂を越えて来たら二上山ではしぐれを受けて黄葉が散っていた)

作者不詳                                                               黄葉に置く白露の色端にも出でじと思へば言の繁けく2307                                        (黄葉にぴっしりついてキラキラ光る白露のように目立たないよう顔色には出すまいと思っているのに、人の噂のうるさいことよ)

境部老麻呂                                                             山背の 久迩の都は 春されば 花咲きををり 秋されば 黄葉にほひ 帯ばせる 泉の川の 上つ瀬に 打橋渡し 淀瀬には 浮橋渡し あり通ひ 仕へまつらむ 万代までに3907                                               (山背の久邇の都は、春になると桜が咲き誇り、秋になると黄葉に彩られ、帯のように流れる泉川(十津川)の上流に打橋を渡し、淀になった広い場所には浮橋を渡し、いつも通い続け、万代まで通いましょう)

余明軍                                                               見れど飽かずいましし君が黄葉のうつりい行けば悲しくもあるか459                                       (見ても見ても見飽きることのない立派でいらした君が黄葉が散りゆくように去っていかれて悲しい)

作者不詳                                                                                                                                                                                                    黄葉の過ぎかてぬ子を人妻と見つつやあらむ恋しきものを297                                          (もみじ葉が散ってゆくのを見るようには見過ごしがたいあの子なのに、ただ人妻だからと見ていなければならないのだろうか。こんなに恋い焦がれているのに)

柿本人麻呂                                                                ま草刈る荒野にはあれど黄葉の過ぎにし君が形見とぞ来し47                                        (黄葉の季節を過ぎ、雑草を刈り取らねばならないほどの荒れ野ですが、祖父母や父母の故地のこの吉野にやってまいりました)

柿本人麻呂                                                              黄葉の過ぎにし子らと携はり遊びし礒を見れば悲しも1796                                      黄葉が散るように亡くなってしまった彼女と手に手を取り合って遊んだ、その磯を見ると悲しい                               場所は和歌山

大伴家持黄                                                             葉の過ぎまく惜しみ思ふどち遊ぶ今夜は明けずもあらぬか1591                                            黄葉が散ってしまうのが惜しいのでわれら仲間内で遊んでいる今宵は明けなければいいのに

池邉王                                                                 松の葉に月はゆつりぬ黄葉の過ぐれや君が逢はぬ夜ぞ多き623                                                         松の葉に月光が日ごとに変わっていくが、いつのまにか黄葉も終わってしまった。あなたに逢えない夜が多くなりましたね。

玉槻                                                               黄葉の散らふ山辺ゆ漕ぐ船のにほひにめでて出でて来にけり3704                                    黄葉が散り続いている山の麓から、あまりに景色がきれいなので、船を漕いでやってまいりました                                                                            遣新羅使、天平8年、年紀、羈旅、長崎、対馬、遊行女婦、作者:玉槻、女歌

笠金村                                                                     大君の 行幸のまにま もののふの 八十伴の男と 出で行きし 愛し夫は 天飛ぶや 軽の路より 玉たすき 畝傍を見つつ あさもよし 紀路に入り立ち 真土山 越ゆらむ君は 黄葉の 散り飛ぶ見つつ にきびにし 我れは思はず 草枕 旅をよろしと 思ひつつ 君はあらむと あそそには かつは知れども しかすがに 黙もえあらねば 我が背子が 行きのまにまに 追はむとは 千たび思へど 手弱女の 我が身にしあれば 道守の 問はむ答へを 言ひやらむ すべを知らにと 立ちてつまづく543                                                                 天皇の行幸につき従って、多くの付き人と出て行った我が夫。軽の路から畝傍山を見て紀伊への道に立って、真土山を越えてゆく。黄葉の散り飛ぶ光景を見ながら、すっかり慣れ親しんだ私のことは忘れ、旅はいいものだとあなたは思っておいでだろうと、うすうす気づいています。けれども黙ってじっとしてられなくて、あなたの後を追っていこうと、いくたび思ったことか。けれど、か弱い女の身である私、関所の番人に問いつめられたら何とこたえていいか分からず、立ちすくんだまま途方に暮れるばかりでしょう                                                  相聞

葛井子老                                                              黄葉の散りなむ山に宿りぬる君を待つらむ人し悲しも3693                                          黄葉(もみじば)が散り敷く山に眠っている君を帰ってくるものと信じて待っている人こそ悲しい                           挽歌

柿本人麻呂                                                               つのさはふ 石見の海の 言さへく 唐の崎なる 海石にぞ 深海松生ふる 荒礒にぞ 玉藻は生ふる 玉藻なす 靡き寝し子を 深海松の 深めて思へど さ寝し夜は 幾だもあらず 延ふ蔦の 別れし来れば 肝向ふ 心を痛み 思ひつつ かへり見すれど 大船の 渡の山の 黄葉の 散りの乱ひに 妹が袖 さやにも見えず 妻ごもる 屋上の [一云 室上山] 山の 雲間より 渡らふ月の 惜しけども 隠らひ来れば 天伝ふ 入日さしぬれ 大夫と 思へる我れも 敷栲の 衣の袖は 通りて濡れぬ135                       (石見の海の辛崎に沈む海中の岩石には海深くに松が生えている。その荒磯に玉藻が生い茂ってなびくように、共寝した彼女。海深くに生える深海松(みるまつ)のように深く思って寝た夜はいくらもなく、蔦(つた)が二手に分かれていくように別れてきてしまった。その心の痛みに堪えられず振り返ってみるが、渡の山の黄葉が散り乱れ、彼女が振っている袖もはっきりとは見えない。 屋上の山(或いは室上山という)の雲間を渡っていく月が名残惜しい。その月が隠れてくるにつれ、入日が迫ってきて、一人前の男と思っていた私の袖も悲しみで濡れてしまった)   依羅娘子、離別、石見相聞歌、上京、地方官、島根、地名、枕詞、悲別

阿倍継麻呂                                                                 あしひきの山下光る黄葉の散りの乱ひは今日にもあるかも3700                                     もみじが山裾の方まで光り輝き、散り乱れるのは今真っ盛り                                              遣新羅使、天平8年、年紀、羈旅、長崎、対馬、叙景

作者不詳                                                                      里人の 我れに告ぐらく 汝が恋ふる うつくし夫は 黄葉の 散り乱ひたる 神なびの この山辺から [或本云 その山辺] ぬばたまの 黒馬に乗りて 川の瀬を 七瀬渡りて うらぶれて 夫は逢ひきと 人ぞ告げつる3303                   里人が私に告げて言うには、あなたが恋うる愛しい人は、黄葉が散り乱れる、神のいらっしゃる山辺から(或本にいう、その山辺)から真っ黒な黒馬に乗って、(曲がりくねった)川の瀬を幾度も渡り、疲れ果ててあなたに逢いにきましたよと、その人は私にいいました。

柿本人麻呂                                                              黄葉の散りゆくなへに玉梓の使を見れば逢ひし日思ほゆ209                                       散ってゆく黄葉、さらに梓の小枝をもって使いの者が往来するのを見ていると、彼女と逢っていた日々が思い起こされる                                                                       亡妻挽歌、枕詞

作者不詳 黄葉のにほひは繁ししかれども妻梨の木を手折りかざさむ2188                                       色づいた黄葉の木はいっぱいあるけれど妻無しの私は梨の木を手折って頭に飾ろう                                               秋雑歌

大伴池主                                                                十月時雨にあへる黄葉の吹かば散りなむ風のまにまに1590                                           もう神無月、しぐれにあった黄葉は風が吹けば風のまにまに散ってしまうことだろう                              秋雑歌、作者:大伴池主、橘奈良麻呂、宴席、天平10年10月17日、年紀、植物

作者不詳                                                               黄葉は今はうつろふ我妹子が待たむと言ひし時の経ゆけば3713                                        (美しい)黄葉は今散ってゆく頃になった。(秋までには帰ってくると)妻に言って家を出たが、それを待つ時節も今過ぎてゆく                                                                   遣新羅使、天平8年、年紀、羈旅、望郷、対馬、長崎

大伴家持                                                                大君の御笠の山の黄葉は今日の時雨に散りか過ぎなむ1554                                       御笠の山の黄葉(もみぢば)は今日のこの時雨で散ってしまうだろうか                                        秋雑歌

作者不詳                                                              君が家の黄葉は早く散りにけりしぐれの雨に濡れにけらしも2217                                          あなたの家の黄葉は早々と散ってしまいましたね。しぐれに降られて濡れてしまったのでしょうか                             秋雑歌

作者不詳                                                                祝らが斎ふ社の黄葉も標縄越えて散るといふものを2309                                        神官たちが祭って大事にしている神社のモミジでさえ張り巡らせた標縄(しめなわ)を越えて散るというのに                       秋相聞

縁達帥                                                                宵に逢ひて朝面なみ名張野の萩は散りにき黄葉早継げ1536                                       宵に逢って女が朝恥じらいに顔を隠す、その名張野の萩は散ってしまった。早く黄葉の季節がやって来ないものだろうか                                                                  秋雑歌 三重県名張

作者不詳                                                                雁がねは今は来鳴きぬ我が待ちし黄葉早継げ待たば苦しも2183                                  近頃雁の鳴き声がしていたが、今ではここまでやってきて鳴いている。紅葉よ雁に遅れることなく、雁に続いて早く色づいておくれ。待ち遠しくてならない                                                         秋雑歌

橘奈良麻呂                                                                 めづらしき人に見せむと黄葉を手折りぞ我が来し雨の降らくに1582                             珍しくおいで下さったあなたにお見せしようと、雨中も厭わず、こうして黄葉を手折ってまいりました                                秋雑歌、作者:橘奈良麻呂、宴席、天平10年10月17日、年紀、植物

久米女王                                                               黄葉を散らす時雨に濡れて来て君が黄葉をかざしつるかも1583                                               黄葉を散らしてしまうしぐれ。そのしぐれに濡れながらやって参りましたが、おかげで、あなた様が手折って下さった黄葉をかざすことができましたわ

作者不詳                                                               黄葉を散らすしぐれの降るなへに夜さへぞ寒きひとりし寝れば223                                寒さで黄葉を散らすしぐれが降っている。が、夜もまた寒さが身に染みる。たった一人で寝ると                            秋雑歌

縣犬養持男                                                            黄葉を散らまく惜しみ手折り来て今夜かざしつ何か思はむ1586                                     黄葉が散ってしまうのが惜しいので、手折ってきて今夜かざし十分堪能しました。もう思い残すことはありません 秋雑歌、作者:縣犬養持男、橘奈良麻呂、宴席、天平10年10月17日、年紀、植物

大原今城 秋されば春日の山の黄葉見る奈良の都の荒るらく惜しも1604                                   秋がやってくると春日の山の美しい黄葉が見られた奈良の都。その都が荒れ果てていくのが惜しい                             秋雑歌、荒都

壬生宇太麻呂                                                            秋山の黄葉をかざし我が居れば浦潮満ち来いまだ飽かなくに3707                                   秋山の黄葉をかざして眺めていると、浦に潮が満ちてきた。いまだ見飽きないというのに                              遣新羅使、天平8年

柿本人麻呂                                                              秋山の黄葉を茂み惑ひぬる妹を求めむ山道知らずも208                                         秋山に美しい黄葉の木々が茂っていて妻はその中に迷い込んでしまった。妻に逢いに行こうにも、山道が分からない 亡妻挽歌

額田王                                                                冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山吾は16 (冬が去り、春がやってくれば、鳴かずにいた鳥もやって来て鳴く。咲かずにいた花も咲きます。ですが、山が繁り、分け入っていくことが出来ず、草が深いので折り取って観賞することもできません。秋山は木の葉を観賞し、黄葉を手折って観賞することも出来ます。青葉が残り少なくて残念ですが、でも、私は秋山がいいですね)     秋雑歌近江京

大伴三中                                                                    竹敷の黄葉を見れば我妹子が待たむと言ひし時ぞ来にける3701                                   竹敷(たかしき)の黄葉を見ていると、彼女が、このころにはお帰りになるんですね、と言った、その時節がやってきたんだなあと思う                                                                   遣新羅使、天平8年

田村大嬢                                                              吾屋戸尓 黄變蝦手 毎見 妹乎懸管 不戀日者無                                              我が宿にもみつ蝦手見るごとに妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし1623                                         我が家の庭の黄変したカエデを見ると気にかかるあなたのことが恋しく思われない日はありません                              秋相聞

山部王                                                               秋山尓 黄反木葉乃 移去者 更哉秋乎 欲見世武                                                  秋山にもみつ木の葉のうつりなばさらにや秋を見まく欲りせむ1516                                      秋山の木の葉が黄葉して散ってしまったら、さらに色づく秋を見てみたくなるだろうね

作者不詳                                                                足引乃 山佐奈葛 黄變及 妹尓不相哉 吾戀将居                                             あしひきの山さな葛もみつまで妹に逢はずや我が恋ひ居らむ2296                                     山サネカズラが色づく秋深くなるまで彼女に逢わずじまいになるのかなと思って恋焦がれて暮らしています                       秋相聞

作者不詳                                                              兒毛知夜麻 和可加敝流弖能 毛美都麻弖 宿毛等和波毛布 汝波安杼可毛布                                子持山若かへるでのもみつまで寝もと我は思ふ汝はあどか思ふ3494                                      子持山の楓の若木が紅葉するまで、一緒に寄り添って過ごさないか。君はどう思う。                                      東歌、相聞、地名、群馬県、子持村、恋情、植物

作者不詳                                                              吾背兒我 白細衣 徃觸者 應染毛 黄變山可聞                                                我が背子が白栲衣行き触ればにほひぬべくももみつ山かも2192                                           あの人が真っ白な着物姿で歩いていって、黄葉に触れるとたちまち黄葉色に染まるに相違ないと思われるほど山は見事に色づいている                                                                秋雑歌

訳文は、esdiscover.jpから抜粋した。