環東京湾とは、東京湾と相模湾を囲む地域(房総半島、三浦半島、伊豆半島、伊豆七島沿岸部)に鹿島灘沿岸地区を付け加えた地域です。

東京(江戸)を要として、東は鹿島灘の那珂湊、西は伊豆半島の石廊崎、南は伊豆七島が境となります。

これらの地域は、江戸市場に海産物を供給したことなど歴史的に結びつきが強く、また植生も共通しています。

環東京湾環境戦略とは、域内の生態系をネットワークすることによって、域内全体の環境力を高めることを目的としています。

環東京湾の中心地である東京湾内湾は、1960年代以降の埋立によって、海水面の20パーセントが消滅し、海岸線の95パーセントがコンクリートの垂直護岸となりました。その結果、海の生態系は破壊され、漁獲量も激減しました。

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写真は、ハマボッスという海浜植物の蜜を吸うアオスジアゲハです。このチョウの幼虫はクスノキ科の葉を食べ、成虫はトベラやハマボッスなどの白い花や紫の花の蜜を好みます。したがってアオスジアゲハは、磯の海浜植物(ハマボッスなど)、海岸性マント植生(トベラやマルバシャリンバイなど)、照葉樹林(タブノキ、ヤブニッケイ、シロダモなどのクスノキ科)という海辺の植生が揃ってはじめて、生きて、繁殖することができます。

コンクリートに埋め尽くされた東京湾内湾に生態系を回復するためには、まずは植生が復元されなければなりません。

しかし東京湾内湾の海岸線は95パーセントがコンクリートの垂直壁です。歴史的にも植生的にも共通する環東京湾全体の植生データを蓄積して、東京湾内湾の植生復元の基礎とすることが重要であると私は考えます。

また沿岸地帯の既存の植栽例を見ると、樹木は耐潮性のものが選択されていますが、草本類は種類と数ともに少ないのが現状です。

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浜っ子ターフは、環東京湾の植生調査をもとにして開発された植生マットです。ただし種子は、環東京湾だけでは、それでなくとも少ない自然に負担をかけるとの配慮から、太平洋側照葉樹林帯(「生物多様性国家区分」(環境省)の第6区)域から採取しました。

さて20世紀最高の建築家とされるル・コルビュジエは、「建築とは目の前の物体だけをさすのではない。それが出来上がるまでの歴史や土地の文化をまるごと含んでいる存在だ。アーキテクチャーとビルディングの違いはそこにある」と述べているそうです(磯崎新「私の履歴書」日経新聞 090501)。

アーキテクチャーとしては、江戸時代の潮入り式庭園や品川台場は、東京湾の環境改善に大きなヒントを与えてくれます。

品川台場のような枡形の施設の内部に、海水を引き込んで、かっての泥干潟と同じように水を浄化させます。枡形施設の外側、海に面する部分から壁の天井にかけては、磯・海岸性マント植生・照葉樹林帯を復元します。枡形施設の内部は、潮の干満を楽しみながら、周囲にはカエデや桜を植栽して、定信の浴恩園のように「秋風の池」「春風の池」とします。

潮入り式庭園や台場の現代的な利用のためのデザインと技術開発は、20世紀最高の経営学者、思想家であったドラッカーが言うような、「単に道具としてのテクニカルを超えた人間的、文化的なテクノロジー」(「傍観者の時代」p298)です。